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日記:イン奈良

日記:イン奈良
日記:イン奈良
イン奈良です。いよいよ関西最後の地。今回の出張で最も楽しみにしていた地です。神仏建立の地、奈良。正に見所満載。まずは奈良の地を飾る風情の一つ、穏やかな鹿の群れの歓迎を受けました。穏やかな…?写真は鹿煎餅を購入と同時に「角アタック」の洗礼を浴びる後輩です。愚かにも彼は鹿を手懐けようと鹿煎餅をじらした挙げ句、「鹿パンチ」を食らう羽目に…。(下の写真「鹿パンチ」を食らい逃げ惑う後輩の図)いやはや凶暴凶暴…。私も鹿煎餅チャレンジしましたが、持ってると分かるやスペインの闘牛さながら角アタック食らいまくりでした。そもそも鹿が煎餅目当てに売店の横でスタンバっている所が笑けます。そのガメツい姿を見てもう1人の後輩がポツリ…「煩悩の無い鹿はいないのか…!」と。煩悩ってアンタ(-_-#)しかしその後、穏やかな雌の集団に遭遇しましたが、いやはやビックリ!噂通り、ちゃんとお辞儀しますよ!奈良の鹿はちゃんとお辞儀するのです。凄い!中にはパンチ食らわしてくるやつもおりましたが本当は穏やかな可愛いバンビ達でした。MIO

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日記:イン京都パート2

日記:イン京都パート2
鴨川です。ノンビリ牧歌的な時間が流れています。古都を流れる由緒ある川ですが、夜はカップルがびっちりと座ってデートスポットになります。仕事上、地方によく行きますが地方の過疎化は深刻なようです。以前も和歌山に行った時も買い物でも行くか!と思ってタクシーに乗って「ビブレ(東京でいうパルコみたいなとこ)まで。」と言うと「?潰れたで!」と言われてショックでした。今までご年配の方が利用しそうな商店街等が潰れているのはよく見てきましたが、町で唯一と言っていい若者スポットが潰れているケースは初めてでした。一応、廃屋となったお店の前まで行ってみましたが、確かに見渡せど若者と呼べる世代は10人に1人位でした…。そういう私も神戸からの上京組ですが、故郷の町が縮小していたらきっと凹むと思います。大学を出て一緒に上京してきた友達もポツリ、ポツリと故郷に帰りつつあります。地方の中には京都、福岡のように元気な町も有りますが、若者の帰りを待ち望む町もやはり多いと思います。今度、帰省した時には繁華街の様子を見に行ってみて下さい。いつまでも元気な故郷があるといいなぁ…。MIO

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日記:イン・京都…

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イン・京都です。仕事先の近くに市営の動物園があったので、休み時間にぶらりとしてきました。赤ちゃんを守る親フクロウ。可愛いでしょう?赤ちゃんと言っても写真のお母さんとほぼ同じ大きさなんです。デッカいくせになんとも切ない鳴き声で餌をねだっておりました。その仕事先のまさに隣で藤井フミヤのライブが…!搬入作業を見てると、まず最初にトラックから現れたのがホテルのバイキング等で良く見る大きな銀の食器!!続々と降りてきます!スープを温めてあったりするあれとかもです。すげー!!(☆o☆)やはり大きな現場は違いますね。いいなぁ…。でもライブ前にすんごいお料理なんて並べられたら…私なんかは動けなくなるまで食べてしまうと思います。それも何だか…考え物ですね。MIO

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日記:着々と…

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着々と録音はすすんでおります。今は「Stay Alive」の録音真っ最中。写真はベースの出力をパソコン上でチェックするManabeck。やはりSIM宅を借りてのレコーディング作業です。レコーディングを行って痛感した事はやはり曲調がゆっくりな程、ベースは難しい…。「Stay〜」はミドルテンポの曲ですが、ギリギリまで音符を伸ばしてポジションを変える、ごく基本的な事に手間取りました。その後、各々のスケジュールを照らし合わせ7月に照準を合わせセカンドライブの打ち合わせをしました。頑張りますよ〜!皆、本当に忙しいメンバーなので…。そういう私も仕事で今は京都行き新幹線の中。一週間の関西出張です。私は故郷が神戸なので実家に実家から通うのですが…オカンに会うのが怖い…。オカンは世界で唯一、私の事を「ええ男」と言ってくれる人なので、私が少しでも太って帰ると大激怒なのです…。今回の帰省も残念ながら痩せてはいません…。アカン…!また怒られる!今回こそはオカンに「ポッチャリ系の魅力について」を熱く語るつもりでふ…。(-_-#) MIO

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日記:久々の日記…

人間て音叉みたいなもんだな…と常々思います。音叉、あの楽器をチューニングする時に使うUの字のやつです。基本的にはAつまり「ラ」の音を調べるものですが、もしも音叉にもドレミファ…♯も♭も含めて色んな音があるとしたら…。自分は自分がどの音なのか知らない、分からない音叉みたいな存在だなと思うのです。音叉はそれ単体では鳴る事が出来ません。誰かに叩かれて初めてポーンとなるのです。人は一人ではポーンと鳴れません。鳴れない以上は自分がどの音を持っているのか分かりません。ドなのか?レなのか?ミなのか?あるいは…?自分自信を知りたいのなら誰かに向き合い、ぶつかるしか方法はない。すると「俺はこんな事に腹が立つんだ」とか「こんな人が好きなんだ」と徐々に自分の音が見えてくる。自分が何者なのか分かってくる。そんな気がするのです。叩く以外にもう一つ音叉を鳴らす方法が。それは同じ音を持つ音叉を近づける。すると音叉は自ら共鳴を始めます。イメージとしてこの状態は素敵な音楽や絵、映画に触れた時に近い状態な気がします。様々な表現に触れて心が揺さぶられる、つまり共鳴する時…。やはりそこで人は自分を発見するの
だと思うです。「やっぱり私は韓流が好き」「私って以外にレゲエもいけるかも」とかね。もし自分に迷ったら、自分が分からなくなったら…そんな時は自分の部屋で膝を抱え自問自答を繰り返すのではなく、勇気を持って自分以外の何かに触れて欲しいと思います。それは今まで触れた事のない新しい物であれば尚更良い気がします。いやいや!俺は自分自信を良く理解している!俺は絶対「ラ」の音だ!と思っていても、意外に「ファ」が近づいてきた時に共鳴してしまうかもしれませんよ。日々、積極的に新しい自分以外の人や物に触れる。それが自分探しの一番近道かもしれません…。MIO

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